学級通信 「行動と責任」

3年生の1学期中間テスト後に書いた通信(2016年)。自分のとった行動の責任について考えてほしいなと思って書いた内容。

テストが終われば、もちろん気が緩む。それは普通のことだし、休憩も必要だ。ただ、そのあとからどんな行動をとったらよいかを、休みながら少し考えてみたい。
「特定の誰か」のことではなくて、これからやってくる「部活のない夏休み」「2学期以降のこと」を考えて、誰にでも当てはまることとして書いてみたい。

 今の君たちは、親の保護の元で生活している。単純にお金だけの話をすると、「労働基準法56条」で「15歳未満の児童は、労働者として使用してはならない(15歳未満を働かせた会社が罪になる)」とあり、働くことができない=お金がない=生活ができない=保護者の元で生活する、になる(お金だけの話です)。保護者には「保護責任」があり、それを無視すれば保護者の罪となる(これも刑法だけの話です)。

もちろん、保護者はお金の問題・刑法があるからみんなを育てているわけではない。愛をもって、みんなの将来を考え、次世代がさらに発展するように…そんな気持ちで見守ってくれている。

ただ、いくら保護者が責任者だからといって、あなたの行動を決めるのはあなた自身だ。そして、いくら保護責任があるといったところで、あなたの責任をとるのはあなた自身だ。この「責任」とは、法的なことはもちろん、「結果」としての責任も含む。

悪いことをしたら責任を取る、それはそれで当たり前だが、「自分がとった行動の結果を、きちんと自分が受け入れる」ということだ。

例1.テスト前に面倒だからとテスト勉強を全然しなかった場合。このときの行動は「勉強しなかった」こと。そのせいでテストの結果が大変なことになっても、それは自分の行動の責任になる。

例2.自分は〇〇高校に進路を考えているが、保護者は△△高校に行ってほしいと考えていた。保護者の気持ちをくんで、△△高校へ行くことにしたが、やはり〇〇高校にしたほうがよかったのでは?と思い始めた。
これも、最終的に保護者の提案を受け入れたのは自分だ。自分の選択の結果なので、保護者のせいだ!とはできない。納得がいくまで保護者と話し合ったり、自分の思いを伝えたりと、選択するまでにとれる行動は他にもあったはずだからだ。

自分の行動の結果は、みんなの前に現実として現れる。それを誰かのせいにするのではなく、「自分がとった行動の結果がこれなんだな」としっかり受け止める。もしその結果がイマイチなら、行動を変えていけばいい。
深刻にならなくてもいいけど、「自分が自分の未来をつくっている」つもりでやっていってほしいなあ。

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