【学級通信ネタ】 掃除は心も磨く

学級通信

掃除の指導は、学校の中でもけっこう面倒な部類の一つだと思う。

やる子はやるけど、やらない子はマジでやらない。

だいたい、清掃指導は教員の仕事なのか?とか、
やりなさいと言っている教員のほうが掃除してないんじゃないか?とか、
正直思うところはたくさんある。

それでも、やるからには何かしら意味と意図をもってやったほうがいいようにも思う。

あと、個人的には掃除を一生懸命にやっている姿を生徒に「あえて見せる」ことが、
意外と地味に効いてくる。
(あの先生はきちんとやっている、と思わせる手段のひとつとして)

そんな口実にしやすい記事のひとつとして、どうぞ。

掃除は心も磨く…お寺で修行の1つとして使われるもの

今年から美化委員の担当として活動していて、掃除のことについてA先生から話を聞いた。
学校の掃除のポイントは以下の通り。

 ①全員参加→みんなで掃除
 ②時間厳守→掃除の時間の確保
 ③計画清掃→誰が、どこを掃除するか
 ④集中清掃→没頭して清掃する
 ⑤整理整頓→掃除道具の片付けまでしっかりと

自分はけっこう掃除が好きで、やり始めると止まらないタイプだが、中には掃除が面倒だなぁと思う人もいると思う。
気持ちはわからなくもないけど、実は大切な要素があったりする。

仏教では、掃除はお坊さんが修行の1つとして活用するほど、大事なものとされてきた。
なんで?と不思議に思うかもしれないけど、そこには深い理由がある。

次の文はお寺の掃除について書かれたもので、当たり前のことが当たり前にできるようになることが、人として大事なんだろうなぁと思わされる。

以下、あるお寺のHPから引用。

…仏門に励む僧侶の世界でも日ごろの修行として昔から、
一.作務(さむ) 二.勤行(ごんぎょう) 三.学門(がくもん)

と言われてきました。

まず一番が作務です。作務とは、掃除や片づけ、庭の草取りとか、要するに体に汗して働く作業です。その中でも作務の代表は掃除です。
そして二番目に勤行。これはお経を読んだり、座戦をしたりのお勤めです。

そして最後にお経やその他の勉強です。
今の子供なら「一に勉強 二に勉強、掃除なんかしなくてもいいから勉強していなさい」と言われそうですが、お寺の小僧さんは掃除が一番、勉強は三番目です。

仏教は人格を完成させるための教えで、その手段のひとつとして作務の大切さを教えるのです。
お経の勉強や、お経を読んだり座禅をしたりのお勤めももちろん大切なのですが、「なんだそんなこと」とおろそかにされがちな掃除などが、実は心を磨くのに大変重要なのだ」ということを教えるために、作務は僧侶のお勤めの一番になっているのです…

学校としては、たしかに勉強ができることが大事だろう。
でも、勉強は人生の中のひとつの要素にしか過ぎない。

でも、みんなが「なんだそんなこと」と考える小さなこと…ここでは掃除がそれにあたるが、それを一生けん命にできる人は、きっと他のことにも一生けん命になれるはずだ。

たかが掃除、されど掃除。
たった10分だけど、自分の担当場所をこれ以上ないくらい、きれいにしてみてはどうだろう。

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