【学級通信ネタ】 ハーフ・トゥルース 人権習慣から考える

学級通信

通信のいいところは、「文字で残す」ことができること。
耳で聞くだけだとすぐに消えてしまう情報も、もう一回文字で見れば印象にも残りやすい。
もし必要なら、あとで見返すこともできる点もいい。

学校で行われる集会でいい話があったとき、それで終わらせるにはもったいない内容や、
この「人権」のように少し内容が難しいことも追加で解説できる。
(通信のネタとして使ってるだけという話もある)

人権とは?何をどうすれば、人権を守れるのか…当たり前のことを気に掛けられる そんな機会に

人権週間にちなんで全校で「人権について考える会」が行われ、普段あまり意識しない「人権」について考える機会になった。

人権って何?と聞かれても正直、なんとなくわかるような…? くらいなイメージだと思う。

だいぶ前に自分は、人権とは「人間が幸せになる権利」だと聞いたことがある。
確かに他人の幸せを邪魔することはできないし、自分が邪魔をされても困ってしまう。
お互いに幸せを望んでいるものだろうし、それぞれ守るべき権利だと思う。

参考になった話の1つに「ハーフ・トゥルース(半分の真実)」というものがあり、それにはこう書かれていた。

…世の中には、真実のように見えるが、実は真実でないものがたくさんあります。
私たちは、それに惑わされないようにしなければならない。…

私たちは「平等」を主張されると、これに反対することができない。
平等は理想だからです。

しかし、みんなが本当に平等になり得るかというと、そんな簡単なものではない。
自然界を見れば、あらゆる生き物は全て異なる環境でそれぞれ生きている。

平等ということは望ましいことだが、現実にはあり得ないことが分かります…

引用不明

「平等」を例にあげて、「平等(みんな同じ)」は確かに目標ではあるが、実際にそんなことは不可能と書かれている。

例えば走るのが速い人がいれば遅い人もいる。
歌が上手な人下手な人。
数学は得意だけど英語は苦手、その逆もしかりなんてよくある話。
それを「平等」にする(みんな走るのが得意、歌が得意、英語が得意になる)のは無理な話では?ということを伝えている。

十人十色・千差万別という諺からも分かるように、それぞれにはそれぞれの良さがある。
「なるほど、君はそうなんだね。僕はこうなんだ。」とお互いに認めることが大切なのかな、と思う。

ただ自分とは違うだけ…それを認めることが人権であり、お互いの幸せを尊重できることにつながるんじゃないかな。

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