中学生にはやや難しくて、実際の通信には書きたくても書けない話。
あくまで題目に大しての主観なので、書きづらい内容でもある。
別にムフフなことが書いてあるわけではありません。
「先輩から学ぶ会」から自分も学んだ、偏った視点の危うさ
1年生が入学して1か月くらいで、宿泊研修が行われていた。(現在は日帰り)
その夕方に「先輩から学ぶ会」といって、卒業生から中学校生活についてや、大切にしてほしいことを生徒視点で語ってもらう会があった。
中学時代は超優秀、市内一番の高校に余裕で入った生徒会長にお願いして話をしてもらったが、
「本当にこの人、高校生か?」と思うくらい、話がうまい。
中学生用に内容がフィッティングされていて、興味を引きながら大事なことを伝えている。
優秀な人間ってのはこうも違うか…と、高校生相手にやや嫉妬。
ただ、途中で強い抵抗を感じる内容があった。
「現代の科学は本当にすごくて、なんでも解決できる。」
現代の科学が?すごくて?なんでも解決できる?
むしろ何も分かってないから、何も解決できてないじゃん?と。
(国内にも世界にも問題は多く、科学がすでに絶対的なら世の中に問題は何一つないはず)
その前に「目に見えないような不思議な力はないと思う」という言葉もあって、
科学万能主義的な視点に疑問をもったのと同時に、そういう不思議な話が大好きな自分は少しイラっとしていたのもあった。
科学ですら目に見えない力であふれている
目に見えない力は、実際いくらでもある。
例えば・・・電波(ラジオやwifi)、磁力、放射線、引力、斥力、重力、不可視光線(紫外線や赤外線)
科学的でなくても例はある。いわゆる「気」が入った文字。
例えば・・・元気、雰囲気、やる気、強気、弱気、気合、空気、運気、人気、色気、気配
目には見えなくても「それはあるよね」と感じると思う。
現代人なら理解できることも、300年前の人間が見たら科学的でも「不思議な力」になる。
逆に300年後の未来人が見たら、「当時(21世紀)の科学では理解できないこと」は山ほどあるだろうし、そのまた300年後には同じことが起こる。
目に見えるものだけにとらわれると、大切なものを見失うよ・・・と、
高校生に対して心の中でささやかな抵抗をしていた。
偏らない視点が大切
冗談はさておき、偏った視点しかないと弊害しかない。
笑顔で話していながら言外の含みのある会話や、
楽しそうに見えて裏ではトラブルを隠そうとする集団もある。
目に見えているものがすべてではないことは、多少なりとも人生経験があれば分かると思う。
目に見えて分かりやすいもの(科学など)を盲信すればだまされるし、
目に見えない分かりにくいもの(スピリチュアルなど)を盲信してもだまされる。
上に書いた先輩のように、頭がいいからすごい!というわけでもない。(ディスりではなく)
どちらにも一定の理解を示しながら、バランスをもって物事を見られる視点が、
生きていく上ではけっこう大事なんじゃないかと思っている。
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